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2011年7月28日 (木)

LOUIS VUITTON FOREST by more Trees Photo Exhibition special live

今日は朝から頭が重く、大変具合が悪く、一日中気持ち悪い状態で過していましたが、19:30から教授出演のUST LIVEがあることを知っていたので、それだけは・・・と思い、見ました。(恐るべしファン行動coldsweats01

これは明日からルイ・ヴィトン六本木ヒルズ店で開催される『LOUIS VUITTON FOREST』という写真集の出版を記念して、そのオープニングイベントが今日行われ、それがUstreamで生中継されたというものです。ルイ・ヴィトン5代目当主の方や教授、写真家の方のご挨拶の後、建築家坂茂さんがこれまで行ってきた世界各国での災害支援プロジェクトの紹介があり、ここで難民キャンプや仮設住宅に再生紙で作った紙パイプを使用したものの紹介がありました。先日教授が岩手県陸前高田市を訪問した時に映っていたテーブルの現物もこの場で紹介されていました。これからもmoreTreesの活動を通して、被災地の仮設住宅を作っていくという話に感動しましたhappy02。今度宮城県女川町に作る予定の仮設住宅などはもうコミュニティを意識した素晴らしいもので、ずっと住んでいてもいいって思えるようなものになっていますといっていました。確かに2年やそこらで以前のように復興はできないですからね。でも、その一方でこういう仮設住宅に住めた人は幸運だけど、そうじゃない人もいるわけで、国がこういう活動をもっと支援してくれって思ってしまいました。

で、最後に教授が「ルイ・ヴィトンの森」をイメージして作曲した曲を含めた3曲をフェネスさんと演奏して、この番組は終了しました。開始が10分くらい遅れて、終了が5分くらい押したって感じでしょうか?なので、1時間強の番組でした。

本当に教授、素晴らしすぎ~っ!!happy02

はい、もう今日はこれで寝ます。

2011年7月25日 (月)

「アマルフィ」「アマルフィ ビギンズ」

今日は朝方のやや強い地震で目が覚め、その後なかなか寝つけられなくって、困りました。ああいう中途半端な時間に地震なるの困るよ、本当に・・・

さて、先日友人から黒田康作シリーズの映画「アマルフィ」とNTTdocomoで配信していたという「アマルフィ ビギンズ」という映画を借りました。友人は何と先日スカパーに加入したため、これらを録画することができたのですが、この友人は映画オタクだけあって、画質に非常にうるさく、絶対にブルーレイでないと嫌だと常日頃から訴えていました。私は標準画質の録画であれば普通の録画で十分満足する人なので、ブルーレイで録画なんてことはしたことがなかったのですが、今回友人からこのブルーレイディスクを借りて、これらの映画を見て、その画質の良さに驚きました。確かにブルーレイ、さすがにものすごく画質がいいのがよくわかりました。映画館で映画見るよりずっと美しい画像で見れたってちょっと感動してしまいましたcoldsweats01。やっとブルーレイの良さを実感できたよ。Hさん、ごめんね。これから教授の番組はブルーレイ録画だ!って思っちゃいましたcoldsweats01

さて、この2つを見たらもう黒田の作品はなくなってしまうので、もったいなくって、一気に見るのはやめようと思い、お借りした直後に最初「アマルフィ ビギンズ」を見ました。こちらは1時間程度の内容でした。場所がマカオだということを友人から聞かされていたのですが、「見ればマカオってすぐにわかるよ」って言われていたにもかかわらず、私は最後まで言われなきゃわからなかったよ・・・って思ってしまいました。まあ東洋でカジノがあるっていったら、マカオか韓国かだから想像はついたでしょうが、あの夜景を見てもどうもぴんとこなくって、最後のマカオタワーでかろうじて、「ああ、確かにマカオなのかも」って思ったほど、私はマカオについてあまり記憶が無い人でしたcoldsweats01。やっぱり行った日が具合悪かったからなんでしょうねえ・・・

「アマルフィ ビギンズ」は「アマルフィ」につながる内容なはずだったんですが、どっちかというとドラマの「外交官黒田康作」につながるって感じが強かった気がします。そして黒田は当然のことながら(?)、藤原伊織の『ひまわりの祝祭』の主人公秋山かってくらいにギャンブルが異様に強くって、またしても「だって、黒田だも~ん」って感じでした。一番の驚きというか「黒田、あんたって人は一体どういう頭しているの?」って思ったシーンはクーリーとカードゲーム(ポーカーのレベルが高いやつみたいな感じのものでした。私はギャンブル詳しくないので、このゲームが何かはわかりません。)をした時に黒田の出した結果の出る確率を瞬時に言ってしまうところでした。あんたの頭はスーパーコンピューターかい??って感じで、普通はそんな確率すぐに計算できません。さすがは黒田??

そして、とうとう最後に残った「アマルフィ」を今日見てしまいました。「アンダルシア」と違って、「アマルフィ」は観光性が高い作りになっていて、しかもクリスマスシーズンのローマ中心だったので、見ていて楽しかったです。「アマルフィ」というタイトルなのにアマルフィが出てくるのはほんのちょっとですが、まああの教会とか町並みの感じはちょっと映りましたので、「アンダルシア」よりはましかな?「アンダルシア」はタイトルに対して全然観光性がなくって、あれちょっとあんまりかもって「アマルフィ」を見て思いました。

「アマルフィ」はドラマの「外交官黒田康作」に近い感じの作りでしたね。第一、佐藤浩市が出ているだけで、もう話バレバレだってって感じです。「アマルフィ」は出演者が結構有名人ばかりで、お金かかっただろうなって気がしました。相手役が天海祐希だったので、織田裕二とたぶん同い年だし、それもよかったかな。(私、黒木メイサ苦手なんで。)

この「アマルフィ」の中で黒田がものすごい名言を吐いているんです!それが「無駄遣いは外交官の特権だ。」ってセリフで、もう大受けでした。確かにそうだよねえ・・・(笑)。黒田、「アマルフィ ビギンズ」でもカジノで一体幾ら遣ったんだ?って感じだったし。黒田のこのセリフは皮肉を込めて使っているんですが、多分実際のところもそうだろうから、こういうところが外務省とかに引っかかって、ドラマのシリーズ化できないところなんですかねえ??

もう黒田作品すべて見てしまったので、ものすごく悲しいですcrying。え~ん、黒田ドラマをシリーズ化して欲しいよぉ~!!友人とも言っていたのですが、別に織田裕二が好きなわけじゃないんですよね。試しに友人は「踊る大捜査線」を見てみたらしいのですが、全然かっこいいと思わなかったと言っていました。そう、やっぱり黒田って役どころがいいんですよ。こんなに面白いのに、なぜ視聴率が取れないんだ??って不思議で仕方ありません。

全然関係ありませんが、昨日別な友人と久しぶりに会って、お昼を食べてきたのですが、彼女もミッチーになってから「相棒」にはまっていると言っていて、何、どうして私の回りの友人達はミッチーになってからこんなに「相棒」にはまってしまっているの??私も見たらはまるのかな?この「アマルフィ」を貸してくれた友人にも「次の「相棒」から見てみて!」といわれているんですが・・・そして、はまったら黒田の無い空白が埋められるのか??coldsweats01。昨日会った友人は実はミッチーのコンサートに行く予定だったのに震災で中止になってしまって、ものすごく悲しいといっていて、恐るべし、ミッチー人気と思ってしまいました。

2011年7月20日 (水)

モーニングバードに教授出演!

今朝、携帯メールが鳴ったのですが、具合が悪くて、起き上がれず、しばらく放置してしまっていました。それから、何だろう?また楽天とかのメルマガかなとか思ってみたら、いつも大変お世話になっているT様からのメールで、今日のモーニングバードに教授が出演するという連絡でした。

これにはさすがの私もすぐに起き上がり、もう終わってしまったかもとか思いつつも、TVをつけて見ていたら、丁度8:59頃が教授の出番で、無事見ることができました!!T様、本当にありがとうございました!!

教授が生で出演していたわけではなく、一昨日陸前高田市を訪れた様子が放映されたのでした。教授、一昨日陸前高田市に来ていたんだ~と驚きました。車で来たのかなあ??木造仮設住宅に住む女の子がお礼にと教授に戦メリを弾いて聞かせていたんですが、教授と握手できて、うらやましいと思ってしまいました。まあ、本人目の前に弾くのもかなりの緊張だったでしょうが。

そういえば今、今度NHKで公開録画をするYMOのライブの観覧車募集をしていて、でもなぜか必ずペアで申し込めとあるのです。仮に当たってしまっても私の場合一緒に行ってくれる人がいないので、あきらめました。それより何よりTVにも映るらしいので、そっちもやばいと思って申込を断念しました。無念ですが、NHKだったら、いずれTVで放映してくれるでしょうから、それを待ちます。

2011年7月18日 (月)

久々のトライフルロール

久々のトライフルロール
今日は友人と会ってお昼を食べてから、お茶をしたんですが、もう久々にKIHACHIのトライフルロールを食べました!やっぱりこれはおいしいですhappy02。写真はアフタヌーンティーセットなんですが、これだけの分量で1386円という安さ!はじめはお茶だけにしようと思っていた私ですが、うっかり(?)食べてしまいましたcoldsweats01

実は土曜日の食べ過ぎで、体重増えてましたcrying。また増えちゃうわcrying。やばい!shockもうお菓子打ち止めだ!shockしかし、京都から買ってきた阿闍梨餅も食べないと・・・一応家にいる時は間食しないようにキープしているんですけどね。一旦増えた体重はなかなか減らず、一喜一憂の日々ですweep

京料理と舞妓の夕べ@祇園畑中

祇園祭宵山の夜は八坂神社前で京舞など伝統芸能の奉納があると聞いていましたが、何しろとにかく暑い京都です。しかも恐ろしい人ごみの中に押し合いへし合いしながら、見るのはちょっとつらいなと思いました。

そこで今回はちょっと奮発をして(日々何にもせずに鬱々していますから)、舞妓さんを見に行って気持ちを華やかにしようと思い立ちました。以前高雄のもみぢ家さんの川床で舞妓さんの踊りを見て、ご歓談という体験をしていたので、送迎もあるし、またもみぢ家さんにしようかなとも思ったのですが、祇園祭中なので、交通規制があり、高雄まで行くのが大変かもしれないし、川床と言っても外だから暑いし、一人だしというのがあり、問い合わせたら一人でもOKということだった祇園畑中さんという宿で催行している「京料理と舞妓の夕べ」というプランに申し込みました。こちらは室内のお座敷で舞妓さんの踊り(地方さん付)を見て、テーブル毎のご歓談タイムがあって、舞妓さんとのお座敷遊びがあって、最後に記念撮影タイムがあるというお食事(しかもフリードリンク)付プランでした。

一番惹かれたのはやっぱりお座敷遊び体験です。舞妓さんの踊りはもみぢ家さんとかデパートの京都のれん市のような時に見れたりしましたが、さすがにお座敷遊びというのは通常ではできません。川床プランよりも料金は割高だけど、通常では出来ない体験をするので、よしとしました。

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祇園畑中さんは八坂神社の近くにあります。(イタリアンレストランのキメラの隣?)

18時スタートで、20時終了の2時間です。

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舞妓さんたちが来る前に先にお食事進めていてくださいといわれ、すでにセッティングされていた雪洞というお重にお箸をつけていました。いつもは料理を写メる私なのですが、この時に限ってはもう舞妓さんに夢中になっていて、食事を写メるのをすっかり忘れてしまい、これしか撮っていません。ちなみにこれ以外に御向、冷し鉢、台物、御椀、御飯、香の物、水菓子が出ました。飲み物は前述の通りメニューにある飲み物がフリードリンクになっていました。なので、がぶがぶ飲んでしまいましたcoldsweats01。といっても私はサイダーとウーロン茶ですけどね。

またこの日はカナダのテレビ局の人が取材に来ているということで、撮影されても大丈夫ですか?という確認がありました。日本国内に放映されないのなら大丈夫ですといいましたcoldsweats01

18:15過ぎくらいだったでしょうか?いよいよ舞妓さんwith地方さんがやってきました。そのカナダ人の女性とテレビ局の男性2名がいたので、祇園畑中さんの係りの方が英訳して説明をしていました。素晴らしいです。

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これまで舞妓さんの踊りを見たことがあるとはいえ、すべて録音曲での踊りでしたから、生の三味線演奏での踊り鑑賞は初めてです。

舞妓さんは宮川町のたね若さん、地方さんは弥千代さんでした。

舞妓さんが踊ったときにはお座敷を薄暗くして、ろうそくを灯していたのと私の席からはフラッシュが遠いのか、どうも写真は強制フラッシュにしていても薄暗くしか写らなかったのでしたweep

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踊りは2曲披露してもらいました。1曲目は何ていったか忘れました(苦笑)。

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2曲目はお馴染みの祇園小唄でした。

で、この後、祇園畑中さんの係りの方が舞妓さんの髪型、衣装などについて説明がありました。

そして、舞妓さんと地方さんが各テーブルを回って、歓談タイムです。

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お着物は涼しげな流水柄の水色の絽の着物です。

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たね若さんは何と京都ご出身とのことでした。今時地元京都出身の舞妓さんの方が珍しいので、貴重な方ですね。本当にかわいらしいです。

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たね若さんは白衿なので、通常はおふくという髪型なのだと思いますが、祇園祭のときはみんな特別の「勝山」という髪型に結うんだそうです。これがその「勝山」です。

お隣のテーブルの男性のお客さんがもういつもお座敷遊びされている通な方のようで、たね若さんとも顔見知りのようで、プレゼントを差し入れしていました。いや~っ、すごい!お金持ちって素敵!

歓談タイムの後はいよいよお座敷遊びです。これは全員ではなく、各テーブルから何人かが舞妓さんに選ばれて、栄えある人がお相手していただけます。(大体半分くらいの人が体験できていたような気がします。)

お座敷遊びは2種類あって、最初はかの有名な「こんぴらふねふね」です。「♪こんぴらふねふねおいてにほかけてしゅらしゅしゅしゅ~♪」という歌を地方さんの歌と三味線をBGMにテーブルの真ん中に置かれた徳利の袴がある時はその上にぱー、相手が袴を取ってしまった時はテーブルにぐーを出し、袴がある時ない時に合わせて、交互に手をテーブルに出し合うといった感じのゲームです。袴を取ったり置いたりするのは対戦相手同士の自由で、最初はゆっくり、後からどんどんテンポが速くなって、どっちかがつまずいたら、負けで、負けたらビールかウーロン茶の一気飲み(といっても少量)、舞妓さんに勝ったら舞妓さんからプレゼントがありました。勝った方はごく少人数でしたが、あぶらとり紙のように見えました。

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「こんぴらふねふね」をやっている風景はこんな感じです。対戦相手の女性は取材が入っているカナダ人女性です。

で、私が座っていたテーブルに舞妓さんが来たときにお向かいに座られていた女性お二方が遠慮なさって、私に勧めてくるので、私はやる気満々だったし、これはラッキーとばかりに舞妓さん相手に「こんぴらふねふね」をやりました。もちろん負けましたcoldsweats01。で、この負けた人が一気飲みする時に必ず舞妓さんが何らかの前振りというか掛け声というか面白いセリフをいって、それから一気飲みさせるという形になっていました。そして必ず最後に「お兄さん(お姐さん)お強いわぁ~」という声を掛けて、一気飲みを締めくくります。こういう風にしてお座敷を盛り上げるんだ~と感心しました。そのお客さんにあわせた気の利いたセリフをその場その場で瞬時に考えなきゃならないので、なかなか大変ですよね。機転がきかない人だとできないなあと思いました。舞妓さんの仕事の難しさを実感しましたね(笑)。

2つ目のお座敷遊びは「嵐にしやがれ」でゲストが佐々木蔵之介さんだった時にもやっていた「和藤内」というじゃんけんゲームでした。和藤内と虎とおばあさんという3種類の形で争います。和藤内というのは武士で槍を持ったしぐさをします。これは虎を退治するので虎に勝ちます。虎は四つんばいの格好をし、おばあさんを食べてしまうので、おばあさんに勝ちます。おばあさんは杖をついたしぐさをします。おばあさんは実は和藤内のお母さんなので、おばあさんは和藤内に勝ちます。対戦相手との間には屏風が置かれます。最初は屏風の前で地方さんの歌と三味線に合わせて踊りを踊ります。

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↑こんな風に舞妓さんの真似をして踊ります。そして踊りながら後ろに下がっていって、自分のじゃんけんの形を決め、「♪とらと~らとらとら♪」という歌に合わせて、そのじゃんけんの形をとったまま前に出てきて、対戦相手との結果を見ます。

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↑この場合舞妓さんが和藤内(槍)で係りの方が虎なので、舞妓さんの勝ちとなります。(これはこの遊びの説明で係りの方が実例を示してくれた時の写真です。)

で、お座敷遊びが終わった後にまだ回っていないテーブルに舞妓さん、地方さんが歓談に回って、最後に金屏風の前で舞妓さんと記念撮影となり、会は終了となりました。

実は私はたね若さんが男性4名のテーブルで花名刺を配っていたのを目撃してしまいました。えっ、花名刺もらえちゃうの??と思ったので、記念撮影の際に図々しく(旅の恥はかき捨て!こんなチャンスはめったに無いですから!)「花名刺おねだりしてもいいですか?coldsweats01」って言っていただいてきました。なぜ花名刺が欲しかったのか?それは一般人ではいただくことが難しい貴重なものというのも1つですが、舞妓さんの花名刺を持っているとお金が舞い込むということで縁起がいいということを聞いていたのです!それですごく欲しかったんです(笑)!という訳でいただきました、花名刺!(ものすごくうれしかった~!!happy02

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なぜか近ツリの広告とガチャピン&ムックが入った珍しい花名刺です。近ツリの人が宣伝に作ってくれたんでしょうか?パンフレットのモデルとかになったのかもしれませんね。というのも前述のお座敷遊び通のお客さんが話していたのが聞こえてきたのですが、たね若さんは宮川町の京おどりのポスターに選ばれたことがあるんだそうです!売れっ妓さんなんですね。かわいいですものねえ、生粋の京都人の舞妓さんですし。

もう早速お財布にしまいこんだのはいうまでもありません(笑)。

舞妓さんにばかり注目していたので、御飯が進まなくって、あせって食べてました。なので、本当にあっという間の2時間で、今までに無い本当に楽しい体験で、また来たいわ~と思ってしまいました。この祇園畑中さんの「京料理と舞妓の夕べ」、お勧めです。(ただ、お食事はお昼に「とくを」さんでおいしいものを食べていたので、それに比べると落ちるかって感じです。もみぢ家さんは温泉旅館の夜の食事って感じなので、それよりは京料理的って感じでしょうか?祇園畑中さんの従業員の方々も皆さん感じが良かったです。(お運びの仲居さんはちょっと微妙だったけど。)

2011年7月17日 (日)

岩倉実相院

お昼を食べた後は友人と岩倉にある実相院に行きました。四条京阪から出町柳で叡山電車に乗り換えて岩倉まで行き、そこからタクシーで向かう予定でした。しかし、私の中では一抹の不安が・・・というのも叡山電車ってまさに貴船に行った時に乗った電車なんです。貴船口駅は無人駅でタクシーがなかったことを思い出したんですよね。しかし友人は実相院は有名だからきっとあるよといい、その言葉を信じて行ってみたんですが、やっぱり岩倉駅も無人駅でタクシーなどいませんでした・・・crying。徒歩20分と案内板にあったのですが、季節が良ければ徒歩でも問題ありませんが、ものすごい猛暑(この日の予想最高気温は36℃と出ていました。)の中の徒歩20分はもう地獄です。タクシーが拾えなさそうだと感じてきた時に気が遠くなり、目の前に蜃気楼が見える気がしましたcoldsweats01

しかし、前日から幸運な私が幸いしてか、何と実相院行きの京都バスを捕まえることができたのです!もう乗れてうれしかった~!!本当にほっとしました。

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何だか心霊写真のようですが、太陽光線がまぶしすぎて、入り口の写真がこんなことになってしまいました。実相院は門跡寺院のようで、菊の御紋がありました。

なぜ実相院に行ったのかというと青もみじが見たかったからです。しかし、もう時期が遅すぎて、すっかり濃緑色になってしまっていました。やっぱり新緑の季節でないとだめですね。

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門を入ったところにあった蓮の花がきれいでした。

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門の前の蓮の花ともみじ。

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実相院内から見た中庭です。内部撮影は禁止ですが、外はOKとのことでした。本当にたくさんのもみじがあったので、紅葉時は素晴らしくきれいだろうなと思いました。

このお寺は不動明王をご本尊としているということで、不動明王像が置かれていたところに祈願用の護摩木があって、「とてもご利益があります。」と書いた紙が貼られていまして、それでは書かないわけにはいかないとなり、書いて奉納してきました。ご利益あるとうれしいです。

思ったよりお寺の中は広かったです。昔の狩野派の襖絵などがありました。

そして、帰りはちょうどよく四条河原町行きの京都バスが発車するところに出くわして、涼しいバスの中で座って、楽々と移動をすることができ、めでたしめでたしでした。(すでに参拝のご利益あり?(笑))

それにしても実相院に行くまでの道々には田んぼがたくさんあって、すごい田舎の風景でした。京都って感じがしませんでした(苦笑)。

 

とくを

四条からてくてく汗だくになりながら歩いて辿り着いた場所は木屋町にある「日本料理とくを」さんです。

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ここは神戸在住のグルメな友人が予約をしてくれたところです。もちろん予約で満席でした。

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先付です。もう忘れています。右側の上に載っているのはうにだったので、友人に進呈しました。(私はうにが嫌い。)うにの下は黒豆の何とか言われた気がする。最近本当にメニュー覚えられないんです。(老化現象・・・)

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お造りは本マグロと鯛と鱧です。京都の夏といえば鱧ですよね。梅肉をつけて食べました。とてもおいしかったです。鱧についてびっくりネタがあって、隣の席に座っていたどうやら首都圏方面から来られたお客さんとお店のご主人が語っていたのを聞いていたところ、鱧は韓国産が一番おいしいんだそうです。国産の淡路の鱧が1匹2000~3000円としたら、韓国産は8000円位するそうで、もう全然違うんだそうです。更に韓国産の鱧は大阪と京都にしか出回らないので、築地とかには出ないから関西でしか食べられないそうです。そして、ここの鱧は韓国産だということでした。へえ~っと驚きました。

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賀茂茄子と小エビのあんかけでしたかね。私、本当は茄子あんまり得意じゃないんですが、おいしくいただけました。

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焼き物はすずきと帆立です。

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何素麺といわれたか忘れました。お出汁がほんのり甘くおいしかったです。私、卵も半熟以下まるでダメなんですが、これは問題なく食べられました。何が違うんだろう??

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揚げ物は茄子とアスパラガスと何かのお魚でした。衣がなんとプレミアムクラッカーを使っているそうです。なので、食感がちょっと違います。ちなみにリッツだと焦がしてあるので、真っ黒になってしまうそうです。だから白いプレミアムクラッカーなんだそうです。(ご主人談)

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ご飯はじゃことジュンサイ入りの赤出汁です。このじゃこも漬物もおいしかった。やっぱり京都でおいしい漬物食べないと満足しません。

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デザートは黒豆のブラマンジェとさくらんぼとキウィでした。黒豆のブラマンジェ、おいしかったです。さくらんぼも東北人から見ても立派で高級そうなさくらんぼでした。

もう大変おいしくいただいてきて、満腹になりました。友人はここ、コストパフォーマンスいいなと感心していました。

ちなみにお店を出てくる時、ご主人がお見送りをしてくれたのですが、私達の姿が見えなくなるまでお見送りしてくれるんです。先月福岡在住の友人と京都でご飯を食べた時もそうだったので、その話をこの神戸在住の友人に話したところ、関西ではそれが当たり前で、それができないお店はいけてない店と酷評されるそうです。さすがは手厳しい関西!東日本では考えられません。でもそこまで丁寧に御客さんに向き合ってもらえるとやっぱりうれしくなりますよね。

ぜひまた来たいと思いました。(予約取れるかわからないけど。)

祇園祭、宵山の昼間

宵々山ではお囃子がこんこんちきちって鳴っていましたが、もうすっかり夜になってしまったので、写真がうまく撮れません。それで、次の日再度山鉾の写真撮影に出向きました。

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↑これは月鉾ですね。

日中は各山鉾に上れるんです。あっ、上っている人がいるって思ったので、私もせっかくなので上ってみようと思いました。

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↑これは鶏鉾ですね。

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↑この函谷鉾が意外とすいていたので、ここに上ってみることにしました。しかし、上るのにお金がかかることがわかりました。しかも1000円もするんです!!もうぼりやがると思ったんですが、縁起物だからって思って、上りました。鉾限定のうちわをもらいました。

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上に上ったところです。ちょうど鉾との橋になっている部分ですね。

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↑山鉾の上から眺めたところです。

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山鉾の橋の手前にはこの通り貢物(奉納物?)がたくさん飾って置いてありました。

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↑再び菊水鉾。

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↑で、これが長刀鉾です。

ほぼ前日の夜見たところの昼の様子を見てきました。それにしてもこれらの山鉾を17日に人力で動かすわけですよね。重たそうなのに、すごいなあと思いました。動かす人はどうやって集めるんだろう?逆にお金取られて動かす人として参加するのかしら?そのあたりはよく分かりません。

その他小さな鉾をいくつか見て、お昼に向かいました。もちろん四条からお昼を予約していたお店の木屋町までは徒歩です。この日もよく歩きました・・・はい、ペットボトルの水もごくごく飲みました。

祇園祭、宵々山

時間が経つにつれ、どんどん人が多くなって、高島屋の辺りから左側通行になっていました。でもジュンク堂と大丸に行きたいんですが・・・って思って、無理矢理右側に移動してしまいましたcoldsweats01。ジュンク堂でしばらく本をチェックして、大丸でポイントつけて、それからまた移動を開始し、長刀鉾に到達する前にまた左側に移動をしました。

そして長刀鉾に来たときにはもう「止まらないで下さい~!」と警察の人に注意されるような混雑ぶりでした。

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↑これが長刀鉾です。お囃子が鳴っていました。

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もう人、人、人・・・・

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↑これは菊水鉾って書いてありますね。

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↑これは月鉾ですね。

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↑これはたぶん鶏鉾です。

以上を見て、もう疲れ果てたので、宵々山は堪能しましたと思い、四条から地下鉄に乗って、ホテルまで戻りました。もうすっかり足萎えさんでした。だって、もうどう考えてもこの日の歩行距離は軽く見ても4km以上ですよ!!汗も死ぬほどかいたし、これで体重減ってくれていたら、うれしいんですが、きっとそうじゃないと思います。(まだ体重計には載っていません。)

花見小路で見かけた舞妓さん&芸妓さん

すっかり気をよくして、八坂神社をあとにしたら、時刻はすでに18時を過ぎており、何と四条通は八坂神社前から多分堀川通くらいまでの間が歩行者天国となっていたのでした!

しかも、お目当ての山鉾は何と四条烏丸から西側にしかないことが分かり、八坂神社から山鉾まで歩いていくしかなかったのでした・・・crying。さすがにあの暑さにこの距離は泣けてきました・・・crying。でも歩くしかないので、意を決して歩きました。体重減らすと思って、黙々と歩きました。

実は八坂神社に向かう前に花見小路のところで本物の舞妓さんと芸妓さんを目撃しました!カメラ小僧(小僧っていうか老若男女)がうじゃうじゃいたので、もしかして見れるのかなって思い、せっかくなので、私も少しうろうろしてみました。

そしたら、彼女らを目撃しました。

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あれ~っ、この舞妓さん、どこかで見たような顔な気がする・・・と思ったら、以前某所で見た舞妓さんでした。前よりかわいく、大人になっているように見えました(笑)。

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もう急に来たので、ピンぼけです。お姐さんは着物の裾をこんな風に帯に引っ掛けて歩いていたのが粋でした。

で、実は八坂神社から四条烏丸方面に向かっている最中、丁度南座辺りですかね、また一人本物の芸妓さんを目撃しました。もちろんその時はカメラを準備していなかったので、目で見ただけだったんですが、すごい美人さんでしたlovely 。美人って本当に目の保養だ!

更にその後また本物の舞妓さんを見たのですが、その人は置屋のお母さんと思われる人とお客さんと一緒で、しかも舞妓装束ではなく、普通の夏の着物を着てのご接待の様子でした。こうやって舞妓さんを連れて、祇園祭を見るお客さんって一体何者なんだろう??こんなお金持ちって素敵って思いました(笑)。

大復活!!

ぎょくえんでかき氷を食べた後、どうしようかなあと思ったのですが、やっぱり祇園祭なんだから八坂神社に参拝するべきかと思って、そこから先斗町を四条通まで下がり、八坂神社に向かいました。

すでに時刻は夕方ですが、まだまだ暑かったです。汗だくだくで歩きました。

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八坂神社の境内の中には立派な御神輿が3つ飾ってありました。で、ここまで来たら、何だか無性におみくじが引きたくなりました。普段あまりおみくじを引かない私にしては珍しいことです。八坂神社のおみくじは木箱に入った棒を穴から1本出して、そこに書いてある番号を伝えて、そのおみくじをもらう形式です。がしゃがしゃがしゃっと箱を振って、出てきた棒には「1」と書いてありました。

「1番のおみくじお願いします!」と言って、巫女さんから受け取ったおみくじはな、何と第一番大吉でした!!happy02

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こんなおみくじ、引いたこと無いよ~!!happy02

思えば、去年の貴船神社で凶を引き当ててから、小吉(大宰府天満宮)→中吉(上賀茂神社)と運気が向上してきていたのですが、まさかここで大吉が出るとは思わなかったので、ものすごくうれしかったです!!なので、持ち帰ってきました!

おみくじ運、大復活を遂げました!!もうおみくじ引かないよ~ん!!coldsweats01

京都、文学の散歩

グラン・ヴァニーユでケーキを食べた後、私はまた御池通に出て、京都市役所方面に向かって歩き出しました。

というのも京都ホテルオークラを越して、御池大橋のたもとのところに夏目漱石の句碑があるということを知ったからです。何せ今、漱石モードな私ですから、せっかくの機会だから行ってみようと思って、暑いさなかてくてく歩いていきました。

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↑これです。こんなものがあったんですねえ・・・

そこから、更に高瀬川に沿って木屋町通を北に向かって歩きました。高瀬川がサラサラととても涼しげに流れていて、風情があるなあと思いました。ああ、森鴎外・・・?

で、三条のところまで来たら、あとはいつものあの先斗町のつきあたりにあるぎょくえんに行って、かき氷を食べてきました。17時くらいだったのですが、その時は満席で(何しろ狭いお店ですから)、10分くらい待ってから入れました。暑かったけど、座って待てたので、よかったです。だって、いつもなら土日なんかに行った日には行列ができて、一体何分待ちですか?状態の超人気店ですから。6月に行った時もお店のお客さんに外国人がいて、周りにいた他のお客さんが「ここは日本一おいしいかき氷屋さんだから!」って説明していたのに、納得!ってお店なんですよね。ここのかき氷は本当に違うんです。

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私のお気に入りはこの黒蜜金時630円です。

実はこのぎょくえんというお店については思うところがあるんです。それがあの藤原伊織の『ひまわりの祝祭』の中で、主人公の秋山と妻の英子がいつものお散歩コースとして、歩き疲れた時に立ち寄る河原町に近い三条のぜんざい屋があるというくだりが出てくるのです。そこで二人は氷あずきを食べるとあるのです。そのお散歩コースを地図であたっていくとそのぜんざい屋ってこのぎょくえんなんじゃないかと思えてならないのです。しかも氷あずきを食べているし!!であれば藤原伊織も絶対にここに来たことがあるはずだ!って思えるのです。そう思うと藤原伊織の熱狂的なファンである友人をここに連れてきて、かき氷を食べさせてあげたいといつも思うのでした・・・彼女はまだ子供が小学生になったばかりなので、もう少し大きくなって、京都に遊びに来れるような時があったら、是非行ってもらいたいと強く思うのでした(笑)。

何ていうのか、実は私、昔からロケ地巡りっぽいの好きなんです(笑)coldsweats01。まあ、過去どんなロケ地を回ったのか、私の酔狂ぶりを知っている方々も多いと思いますが・・・coldsweats01

と、何だかグラン・ヴァニーユからぎょくえんまでのルートは文学散歩道になったのでした(笑)。

恐るべし、「グラン・ヴァニーユ」人気!

金曜日は通院の日にあたっていたので、またいつものように帰りは京都に寄りました。ちょうど今は祇園祭のシーズンなので、これはまたとない機会だと思い、通院日をわざとここにあてました。今まで祇園祭を見たことが無かったので。

京都に着いて、ホテルにチェックインした後、ただちに向かったのが以前京都在住の友人に教えてもらったケーキ屋さんのグラン・ヴァニーユcake。烏丸御池から間之町通りを更に北に1ブロックくらい進んだところにあります。足立病院という病院のお向かいです。

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このケーキ屋さん、すごい人気で夕方には全てのケーキが売切御免になると聞いていたのですが、まさに私がこのお店に辿り着いた時、ショーケースの中に入っていたのはたった1個のケーキだったのでした・・・!!coldsweats02前回はフルーツ系だったから、今回はチョコ系でいこうかなあ~、何て思っていたのに選択の余地あらず、その最後に残っていた1個を「イートインします!」といって食べてきました。いや~っ、あの暑い中せっかく行ったのにケーキ食べられなかったらもう泣いてしまうところでしたから、最後の1個はまさに私のために残っていたってことだと思いました。本当によかった!!happy01

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パイナップルとココナッツクリームがサンドされた、夏らしいさわやかなケーキでした!チョコ系じゃなくって残念だったけど、これはこれでとてもおいしかったです!happy02

お店の人に「いつもこのくらいの時間には無くなっちゃうんですか?」って聞いてみたところ、「日にはよるんですが、今日は追加で後からも数種類出したんですけど、売り切れてしまって・・・」と言われました。祇園祭の宵々山の日ということもあり、人出も多いし、お客さんが来られる御宅も多いということで、いつも以上の売れ行きだったんでしょうかね?開店時にはあのショーケースが全部埋まっているはずなのに、空になるってすごいです。場所も結構中途半端なんですが、ものすごい人気ってことですよね~。店員さんも感じがいいし、もちろんケーキはおいしいし、本当にお勧めのお店です。と書くとまたお客さんが殺到して、私が行った時にケーキが無い!ってはめになりますかね?そんなことがないことを祈りたいですcoldsweats01

2011年7月13日 (水)

7/10(日)「ボクらの時代」

午後、眠くなる時間があるが、うとうととしかできなくて、更にいつも変な夢を見る。それがかなり嫌で、起きるとまた不機嫌になる。もはや一日中不機嫌?

7/10(日)の「ボクらの時代」は野田秀樹さん、古田新太さん、大倉孝二さんの3名がゲストだった。もう3人とも言いたい放題で(特に古田さん)、おかしかった。

話題に上った一つがカーテンコールについてで、「あれは本当にうれしいものなのか?」という疑問にこれまた言いたい放題だったのだが、スタンディング・オベーションについても言っていて、「野田さんところ、多いでしょ?」って古田さんが振ったら、野田さんが「オレ、あっちこっちで言ったり書いたりしているから、最近はそこまででもない。いや、本当に感動したならいいけどさ・・・」とスタオベについて微妙感を漂わせていたのである。

私はその野田さんがあっちこっちで言ったり書いたりしたものを読んでいない気がするのだが、確かに私も同感だった。スタンディング・オベーションまでしたくなる舞台ってそうそう出会わないって!でもやたらと立つ人がいる。そうすると多分見えなくなるから、仕方なくそんなつもりもないのに立たざるを得ない状態になる。特に東宝ミュージカル系で多い気がするんだけど(だから足が遠のいたのだが)、予定調和的にやってる気さえする。そうじゃないだろう。本来は本当に心から感動を覚えたときにその感情の発露としての行為だと思う。自分がそんな気になった舞台なんてこれまで見たうちで何作あったかわからない。ほんの数えるほどだ。でもそれが普通なんじゃないかと思う。いや、いつも立つような人はいつもそのくらい感動している感動しやすい人なのかもしれないけど、実際の役者さんたちも微妙と感じがあるという本音(というかこの場合、この3人っていうところがあまりにも特殊すぎたのかもしれないが)が聞けて面白かった。

門下生、師にこんなところまで似る?(笑)

ここずっと朝とてもめまいがひどくって、目は覚めるのだけど、起きるのがかなりつらい。試しに体温計で測ってみたら、ものすごく低体温になっている。う~ん、これは間違いなく貧血状態と思われます。エアコンは夜寝る前に消すし(っていうか寝る前ちょっとしかつけないし。)、そんなに身体冷やしているとは思えないんですけどねえ、昔ほどは・・・(以前はエアコン、がんがんな人だったからcoldsweats01

昨日まで、漱石の『道草』を読んでいました。漱石の小説は『吾輩は猫である』を読み終えたので、もう終わりにしようと思っていたのですが、『道草』は漱石唯一の自伝的小説だし、かなりサイドストーリーを読んだ今の私には面白く読める気がすると思って、読んでみました。主人公や妻がそのまま漱石や鏡子夫人にあてはまるわけではないけれども、漱石の身の回りに起きたことを素材に書いたことは間違いないので、面白く読めました。これは楽天ブックスで購入したのですが、届いた新潮文庫を見て、「むむっ、思っていたより厚いぞ?」と思ったのですが、中を見てみたら、文字が大きかったので、その分ページ数が増えていたのでしょう。最後が第百二章だったので、これ新聞に102回連載したんだ~と思い、昔の新聞小説って今の新聞小説とはレベルが格段に違うよなあと感じました。(まあ昔は娯楽が少なかったってこともあるでしょうが。)

で、この『道草』の中にとても面白い場面が出てきました。それは第93章だったのですが、こんなくだりがありました。

四五日前少し強い地震があった時、臆病な彼はすぐに縁から庭に飛び下りた。彼が再び座敷へ上がって来た時、細君は思いも掛けない非難を彼の顔に投げ付けた。

「貴夫は不人情ね。自分一人好ければ構わない気なんだから」 

何故子供の安危を自分より先に考えなかったかというのが細君の不平であった。咄嗟の衝動から起こった自分の行為に対して、こんな批評を加えられようとは夢にも思っていなかった健三は驚いた。

「女にはああいう時でも子供の事が考えられるものかね」 

「当たり前ですわ」

健三は自分が如何にも不人情のような気がした。                              

そして健三はこの後母と子について色々な思索を思い巡らし、やや自己弁護的な結論を出します。何の変哲も無い場面で、通常の人ならスルーの場面なのですが、私には大いに笑えたのです。この場面が実際漱石の経験素材を基にしているかどうかはわかりませんが、何となくそんな気がしています。そして、何で私が笑えたのかというと実は芥川にも同じようなことが起きているからなのです。文夫人の『追想芥川龍之介』で文夫人が語っていたのですが、関東大震災の際に芥川はいつもより早くお昼ご飯を食べ終えて、2階の書斎にいたようです。そこに地震が起こったのですが、芥川は自分だけ逃げて、家の門のところに立っていたそうです。文夫人は2階に次男の多加志が寝ていたので、地震の最中とっさに2階にかけ上って、多加志の救出に行きます。そして、無事多加志と一緒に逃げ出してきた時に芥川に向かって「赤ん坊が寝ているのを知っていて、自分ばかり先に逃げるとは、どんな考えですか」と酷く怒ったとあります。その時芥川はひっそりと「人間最後になると自分のことしか考えないものだ」といったそうです。

漱石も芥川も子育てにはノータッチな人たちでした。二人とも子供たちと大分距離があったようにさえ思います。それに自分自身と自分の母親との関係も微妙な二人だったし。だからこんなことが起こりうるんでしょうが、こんなところまで師と同じような行動を取っていた門下生に笑えてしまいました。

芥川が文夫人に上述のようにつぶやいた後何を思ったのかはわかりません。『道草』の健三は心の中で妻に向かって「子供を有った御前は仕合せである。然しその仕合せを享ける前に御前は多大な犠牲を払っている。これから先も御前の気の付かない犠牲をどの位払うか分からない。御前は仕合せかもしれないが、実は気の毒なものだ」と思います。う~ん、父親って・・・って感じです。

それと『道草』には健三のセリフで、芥川のアフォリズムのようなものが結構多くて、「ややっ、このセリフさり気にいっているけど、すごい警句!」って思えることがしばしばありました。夏目先生、さすが師ですねって思いました(笑)。        

2011年7月11日 (月)

7/10(日)『ベッジ・パードン』@世田谷パブリックシアター

いつだったか、まだ私が西日本に住んでいた頃、SISカンパニーから次の舞台のご案内が届いた。深津ちゃんと野村萬斎かぁ。しかも夏目漱石のロンドン留学時代の話かぁ。ちょっと興味あるなぁ。でも私の大嫌いな世田谷パブリックシアターか。しかも演出は三谷幸喜か。私は野田秀樹には受ける人だけど、三谷幸喜はどうなんだろう?微妙だ。第一、舞台見に行くなんて心境じゃないし、この先どうなるかわからないし。やっぱりやめておこうと取りやめた舞台『ベッジ・パードン』。それが何で急に行くことになったのかというと、もちろん最近ずっと語り続けていた通り、『先生と僕〜夏目漱石を囲む人々〜』の影響である。『先生と僕』を読んだことで急に始まった私の中の漱石モード。そこで関連本を色々読んでいるうちに、高浜虚子の『回想子規・漱石』という本の中に漱石が病床に臥している正岡子規のために書き送っていた『倫敦消息』の一部が抜粋されていて、そこに「ベッジ・パードン」というあだ名を付けた下宿先の下女についての記述が出て来たのである!なるほど『ベッジ・パードン』というタイトルはここから出てきたんだと判明し、急に舞台『ベッジ・パードン』が気になり始めた。そして更に後押ししたことはJR東日本で東日本パスという期間限定の有効期限1日でJR東日本管内の列車は新幹線も含め乗り放題のお得切符の存在だった。東京まで往復1万円は激安だ!しかし問題は舞台のチケットを確保することだった。何しろ人気の三谷作品なので、前売り完売状態、当日席はあるはあるけど、前日にかけTELをして、整理券番号をgetし、その番号順に販売するとのことで、下手すりゃ立見と相成る。休憩入れて3時間の舞台で立見はつらい。何とか東日本パスが使える期間のチケットが手に入らないかしらと思っていたら、見に行けという神様の思し召しにより、奇跡的に今日(もう昨日か?)のチケットが手に入ったのである!\(≧▽≦)/

という訳で、7/10に東京に出掛けて来たのでした。2月のNODA・MAP『南へ』以来の東京なので、実に5ヶ月ぶりである。観劇自体も5ヶ月ぶり。そして今度こそこれが今年最後の観劇となるはず。

行きの新幹線はもちろんはやての指定席を取り(指定は2回までOK)、何があるかわからないから、少し早目に東京に着くような時間にした。時間に余裕があればSWAN MAGAZINE vol.24を探しに本屋に行こうと思っていた。ところが、新幹線が発車してから間もなく新幹線が止まって、電気が消えてしまった!何?と思っていたら、地震のため、電気の送電が停止し、停車したとのアナウンスが入った。地震で新幹線が止まるなんて、余程大きな地震に違いない。もしかして、開演に間に合わない?と血の気が引いた。とりあえず家に電話して、状況を確認しようと思ったら、電話がなかなかつながらない。これはヤバイかもと思っていたら、ようやく通じて、さほど大きな地震ではなかったことを確認し、ホッとした。新幹線は約20分遅れで、再出発して、無事東京に辿り着いた。早目の新幹線にしておいて、本当によかった。あと1本遅かったら開演に間に合わなかったかもしれない。というのも世田谷パブリックシアターは何と定刻開演だったのである!歌舞伎座、宝塚以外では珍しいことである。更に開演前のアナウンスで、上演中強い揺れを感じたら、慌てずに係員の指示に従ってくれと言われた。そういえば山手線に乗って渋谷に向かっている途中、東海道新幹線も地震のため遅延が出ていると電光掲示板に書いてあって、何?関東付近でも地震あったの?と思ったので、休憩時にまた家に電話をして確認したが、朝の地震以外知らないという。じゃあ大丈夫だなと思って、安心して観劇をした。(帰れなくなるのが困るから。)ちなみに劇場内は臨時席やら立見やらたくさん出て、大盛況状態だった。

随分前置きが長くなったが、いよいよ初三谷作品の観劇スタート!

幕は多分漱石がロンドン留学していた当時のロンドンの地図と思われるものだった。地図の左下の方に赤い点灯があったので、そこら辺に住んでいたという合図だったのか?その幕が開くと漱石の3度目の下宿先であるブレット家の外観が出てきて、屋根裏の窓から深津ちゃん演じるアニーこと「ベッジ・パードン」がカーテンを開け、外壁がせり上がって、漱石の部屋、下手側には階段が見え、全てこの中で話が進んでいく。舞台美術のセンスは悪くない。逆に実際の漱石はこんなに広い立派な部屋には住んでいなかったのではと思ったほど(笑)。

このお芝居での金之助(漱石)は英語を話すのが(聞き取りも?)苦手という設定である。まあ私も今回こんなに漱石モードにならなければ、へぇ~とそのまま受け入れてしまっていたことだろう。ところが実際の金之助はクイーンズイングリッシュを話す人との会話及び聞き取りには問題がなく、単に訛りのひどいコックニーにだけ悩まされていたのである。この劇場内にその事実を知っていた人が一体どれだけいたのやら。漱石って英語話せない人だったんだ~って誤解したまま帰った人多いだろうなあと思った。(何しろ漱石が学生だった時代、教科書が全て洋書だったので、どんな科目でも英語で授業という恐ろしい時代だったのだそうだ。漱石の英語はかなり高度なもので、漱石のわからないを我々のわからないと同レベルで考えてはいけないのである。いかに漱石の英語が優れていたかということについては新潮選書『英語教師 夏目漱石』という本を読んでみるとわかる。)まあ話をわかりやすくするための設定だとは思ったが、現代のように英語話せなくても教員免許取れますというようなレベルでは決してないので、同じ下宿人の惣太郎に「日本で何してたの?」という質問に「英語教師」と答える場面があるのだが、私は笑えなかった。しかも教師という仕事は今よりも人材が少ない。しかも金之助が勤めていたのは熊本の第五高等学校である。昔は高校自体数が少ない。それをいってもノーリアクションな惣太郎の方が微妙って感じがした。(当時高校の教授といったらエリートだったと思うのだが。)

惣太郎は流暢な英語を話すという設定である。でも教養のないブレット家の人々と流暢に話せるというのは逆に正統派クイーンズ・イングリッシュではないのではないかとちょっと思えた。ただ彼が世慣れしていることは服装でわかった。紳士の服装はフロックコートにシルクハット、そしてステッキである。(ベストの趣味はかなり悪い気がしたが。)一方の金之助は普通の背広姿。もちろんロンドンでなけなしのお金でフロックコートを誂えているので(社交上必要だから)、このお芝居には出てこなかったけれども、実際にはかなり服装にはこだわっている。このお芝居の中でずっと背広のままだったのはイケてない金之助を表現していたのかなと思った。社交にはとにもかくにもお金がかかるので、漱石は犬猿していたのではあるが。

それとお芝居の中で金之助が部屋の中では靴を脱ぐように指示する。アニーは靴下が壊れていたので脱ぐのを躊躇するが、ブレット夫人の妹のケイトはあっさりと脱ぐ。ヴィクトリア朝はヴィクトリア女王の方針で、女性は他人様にくるぶしなどを見せるなどレディにあるまじき行為である。ここらへんからもブレット家の教養の無さが垣間見える。ちなみにケイト・スパローについては鏡子夫人にも繕い物をしてくれる親切な人と伝えており、一緒にピンポンを楽しんでいるところからしても、お芝居中のような奇天烈な人物ではなかったようだ。

1幕目はテンポよく進んでいく。屈託のないアニーは金之助の緊張感を溶かしていく。惣太郎は日本語になると生まれ故郷の秋田弁丸出しになる。金之助は江戸っ子だから、日本語にはある意味自信がある。だからさかんに日本語を話したがるし、実際交際は肩の凝らない日本人が多かったようである。惣太郎は日本語では馬鹿にされるけど、英語なら馬鹿にされないというコンプレックスを持っている。金之助はコックニーが理解出来ず、またロンドン生活に慣れずコンプレックスを抱えている。背が低いことやあばた顔のことやら(これらは劇中には出てこないが)人種差別のことやら挙げ出したらキリがないほど。クレイグ先生だって本当はスコットランド出身だし(劇中では判明しないが)、ブレット夫妻も意志の疎通が図れない人物達で何かと悩みを持っている。その中でアニーだけは下層階級にいてもいつも前向きに思ったことを行動しているように思えた。

2幕で惣太郎が金之助への嫉妬を爆発させる。自分は英語は流暢に話せるが、いかんせん金之助のようなユーモアセンスがないから会話がつながらないと嘆く。それには金之助も驚くのだが、実際の漱石は寄席が大好きだったので、ユーモアセンスは確かに持ち合わせていただろう。但しこのお芝居で言及されていたユーモアとはちょっと違うと思うが。だから、この場面は結構こじつけっぽく感じた。

またブレット氏失踪の際に「言葉に表さないと伝わらないことがある」ということを強調していたが、そうとも言い切れないと思った。まさにアニーが金之助に実は日本に妻子がいることを知った時、金之助の前から身を引くことで自分の思いを表している。言葉が全てではない。相手に対する思いこそが言葉に勝るって気もして、全面的に肯定はできないと思った。お互いの置かれた境遇を理解した上での言葉なら意味があると思う。気持ちのこもらない言葉は例え言ったとしても真意は伝わらないと思う。気持ちが伝わらないからこそ、惣太郎は流暢に英語が話せてもコミュニケーションがうまくとれないということではないのだろうか?「言葉に表さないと伝わらないことがある」ではなく、「その気持ちを言葉に表さないと伝わらないことがある」といったほうが正しいような気がした。

それと犬のジョンと金之助の会話で唐突に小説家になれという話が出て来る。あれはかなり無茶だと思った。あれを言わせるのなら、金之助についてもっとお芝居の中で観察力に優れたところを強調する必要があると思うが、そういう場面はあんまりないので、あまりにもこじつけくさく、わざとらしい。

またアニーとの別れもあんなんじゃなくて、漱石が実際書き残していたことを使ったほうがよかったのではないかと思った。つまり、ブレット家の人々と下宿を移動することになった最後の晩、漱石とペン嬢(アニー)が二人っきり残されるのだが、漱石はベッジも新しい下宿に来ると思っていたのに来なかったので、解雇されたことに驚く。アニーはその時点で自分が解雇されることを知っていたはずだ。だからここを使って二人の別れの場面を作ったらよかったのにと思った。そして漱石は今までの西洋の人真似ではなく、自分自身の考えを基軸に物を考えていく人物になり、猛勉強して、神経衰弱になり、帰朝することになり、日本で『猫』を書く時ベッジを思い出すなんていう方がアニーという人物が漱石に与えた影響を伝えることができたのではないかと思った。実際の漱石は女性には潔癖っぽかったようなので、ちょっとこのお芝居は甘甘なラブストーリーが過ぎたような気がする。

劇中、金之助がアニーに日本の童歌を教えるという場面が出てきて、萬斎さんが「じいさん、酒飲んで酔っ払って死んじゃった」って歌を歌うのだが、劇場内に響き渡るように朗々と歌っていて、おさすがと思った(笑)。浦井くんの歌(?)の方が拍手喝采を浴びていたが、私は萬斎さんの歌の方が素晴らしいと思った。萬斎さんの金之助はよかったと思う。深津ちゃんはもうとにかくかわいくて、素晴らしかった。浅野さんの11変化はすごかった。同時に劇中金之助が「イギリス人はみんな同じに見える」というリアリティにつなげる演出でもあったんだろうなとも思った。浦井くん、かつらのせいもあって顔がよく見えなかったんだけど、太った?って思った。そして、浦井くんの役はなくてもいい役だったかもと思えた。あんまり重要じゃないし。2幕無意味に長いし。

それとクリスマスイヴにプレゼント交換はおかしいでしょうって思った。プレゼントを開けるのは25日のクリスマスディナー時が一般的なのではって思った。なんか日本の今の習慣とごちゃまぜな感じ?

ちなみに漱石はお猪口一杯で酔えちゃう程の下戸だったそうので、1幕始めの方の二日酔いする程飲むということはなかったのではないか。

という訳で役者さんたちの奮闘ぶりはよかったと思ったが、お芝居の話としては私にはちょっと微妙だったかな。三谷作品を見るのはこれが初めてなので、これが三谷流の笑いなら、やっぱり私にはあんまり受けないと思った。野田さんのようなツボにははまらなかった。ただ交通費が安かったことが大きいのか、落胆はなかった。まあまあだったってくらい?

やっぱり色々読んで知ってしまっていると粗探しっぽくなって、あんまりよくないかもとも思った(苦笑)。

カテコは1回で、すぐ終了アナウンス。ちょっとあんまりな感じがした。

そうそう、パンフレットは1000円だったのだが、全額東日本大震災の義援金にするとのこと。ありがたいことだと思った。でもパンフレットに漱石の英語力についての事実をもう少し詳しく載せてあげると観に行った人の誤解が少なくなるんじゃないかと思った。

以上『ベッジ・パードン』の所感でした。

2011年7月10日 (日)

SWAN MAGAZINE vol.24

昨日発売だったはずのSWAN MAGAZINE vol.24。なのに楽天ブックスは発売日に到着させなかったannoy!たいていの本は早いうちから予約本の掲載がされるのにSWAN MAGAZINEに関してはなぜかいつも掲載が発売日の直前になる。今回も7/8に掲載され、でもメール便速達で来るから9日に届くだろうとタカをくくっていたら、発送の連絡が来ない!annoyこれなら市内の書店に行った方が早いじゃんと思い、大激クレームをつけて、無理矢理キャンセルした。実はその前の段階で色々やり取りをしていて、その対応のずさんさにクレームをつけていたところだったので、無理が通ったかって感じだがcoldsweats01。しかし、市内の書店に出掛けてみたら、何と入荷されておらず、月曜か火曜にしか入らないといわれ、愕然としてしまった!wobblyもうそれなら今日東京で買うよと思って、今日東京でgetしてきました。何で今日東京にいるのかは後で述べます。

真澄とレオンは依然として平行線のまま。それどころかレオンは「アグリー・ダック」後にパートナー解消めいたことさえ言い出し、レオンも真澄も壁を作ったまま。これを一体どうやって打破するのか?そしてリリアナはもしかして「アグリー・ダック」の途中、あるいは踊り終えたところで亡くなってしまうのかもという予感が大有り。「アグリー・ダック」の途中で何かがあったら、代役をしてくれと真澄に頼むリリアナ。リリアナには代役がいないからというが、「誰にも言わないで」、それは昔死病を抱えたルシィが真澄に言った言葉だ。リリアナの死が真澄とレオンの心の壁を打ち砕くのか?(例えもし舞台の途中でリリアナが倒れる事があってもセルゲイエフ先生はもう絶対に真澄とは踊らないはずだ。だからもし代役となった場合はレオンと踊ることになるはず。)いよいよリリアナの「アグリー・ダック」が始まろうとするところで今回は終わり。リリアナ、けなげでかわいそうで泣けてくるweep。真澄とレオン、いい加減に意地張り合うのやめろって感じ。

次は10月かぁ。長いなぁ・・・

2011年7月 5日 (火)

なぜスリップを抜かない?

一般的な書籍には通称スリップと呼ばれる売り上げカード兼補充注文カードが挟まれている。かれこれもう20年くらい前になるが、これが書店においてはお金に変わる重要なものだという話を聞いた。通常書店で本を買うと必ずこのスリップは抜かれる。

しかし楽天ブックスなど通販で書籍を購入した場合、なぜかいつもこのスリップがついたままやってくる。スリップ、抜かなくてもいいのかなあ?といつも躊躇しながらゴミ箱に捨てるのだが、今は昔のようなシステムではなくなったりして、スリップが重要ではないんだろうか?でも不必要なものを入れておくのもおかしな話だし、やっぱり抜いてよこさない楽天ブックスに特別な何かがあるんだろう。返品に備えてなんだろうか?

楽天ブックスで本を買うたびに不思議に思うのだった。そして、今日もちょっと躊躇しながらやっぱりゴミ箱に捨てたのだった・・・

事の真相にびっくり

私が今さかんに漱石関連本を読んでいることはすでに書いていることだが、その中の1冊に漱石の長女の筆子さんの娘である半藤末利子さんの著書『夏目家の福猫』という本がある。これは以前他の出版社で発行した本のエッセイの中で夏目家に関する部分だけ抜粋して新潮文庫で出版しなおしたというものであったが、この本の中に母筆子さんと父松岡譲の結婚の経緯が書いてあった。

筆子さんの結婚について一悶着があったのはもちろん芥川サイドの情報で以前より知っていた。久米正雄が筆子さんを好きになり、一応鏡子夫人から結婚の内諾を得るものの、久米が自分と筆子さんに関する小説を書いたりして、それが鏡子夫人の逆鱗にふれ、夏目家出入り禁止になったということと古参の門下達が久米はダメだ、芥川ならいいといったことから筆子さんの婿候補に芥川の名前が挙がってしまったということなどである。この頃芥川はすでに後に妻になる文さんと婚約中で、文さんは叔父の山本氏よりこの夏目家の婿候補として芥川の名前が挙がっているということを聞いて、自分は身を引くといったような手紙を書いたようである。その手紙を受けた芥川が弁明して「夏目さんの方は向うでこっちを何とも思っていない如く、こっちも向うを何とも思っていません。僕は文ちゃんと約束があったから、夏目さんのを断るとか何とかいうのではありません。約束がなくっても断るのです。文ちゃん以外の人と幸福に暮す事が出来ようなぞとは、元より夢にも思ってはいません。(中略)昔の妻争いのように、文ちゃんを得る為に戦わなければならないとしたら、僕は誰とでも戦うでしょう。そうして勝つまではやめないでしょう。それ程に僕は文ちゃんを思っています。僕はこの事なら神様の前に出ても恥ずかしくはありません。僕は文ちゃんを愛しています。文ちゃんも僕を愛して下さい。」という熱烈なるラブレターを文さんに送り、誤解は解け、事なきを得ますcoldsweats01。私は芥川と文さんの間で交わされたラブレターがものすごく大好きで、全集を買った当時友人たちに布教活動をしたものだがcoldsweats01、先日別の友人に「ラブレターの内容にこんなこと書いてあるんだよ~。ものすごくかわいいよね~lovely!!」って話したら、「ええっ、やだ、私、そんなの気持ち悪いshock。」とドン引かれてしまい、全くこの友人とは男の趣味が合わないことを再度実感したcoldsweats01

で、久米は筆子さんに振られて、筆子さんは松岡譲と結婚し、久米はその腹いせに『破船』という小説でこの三角関係について書いたというところまでが私の知っている筆子さんを巡る話だった。だから私は久米という人物に問題があるから筆子さんと結婚できなかったという認識でいた。これは間違いないであろう。しかし、今回『夏目家の福猫』を読んでわかったのは、何で筆子さんが松岡譲と結婚することになったのかということである。何でも松岡譲は筆子さんの家庭教師になっていたそうで、筆子さんの方が松岡を好きになってしまったそうなのである。鏡子夫人は久米と結婚させるつもりだったが、筆子さんは松岡に思いを寄せてしまったので、久米に冷たくなる。松岡は久米の筆子さんへの思いを知っているので「久米にやさしくしておあげなさい」とつれなくいう。でも筆子さんは松岡への思いが断ち切れない。その内に久米が自分と筆子さんの結婚が決まったような話を書いたりして、鏡子夫人の逆鱗に触れた。そして松岡への信頼が日に日に厚くなった。鏡子夫人は長男の純一がまだ9歳と小さいので、成人するまで夏目家の仕事を一切引き受けてやってくれる婿を探していたので、長男で実家のお寺を継ぐことになっていた松岡のことは婿候補として考えていなかったらしい。しかし筆子さんの思いを知った松岡は意を決して実家に戻り、家督(僧籍)を弟に譲り、筆子さんと結婚することにする。そして実家から戻ってきた松岡を鏡子夫人は大喜びで迎え入れ、その日二人を一緒に寝せたくらいだったそうな。

しかし世の中の人は久米の『破船』を読んで、コケティッシュな筆子が久米をもて遊び、悪者の松岡が筆子を奪っていったという、久米が被害者という認識が広まっていたそうだ。友人達もやっかみがあってか久米に味方する人が多かったようだ。(でも芥川の松岡宛の書簡を見ると久米が愚だとか筆子さんとのことが破談になったのは自然の意志だとか今度の事件で一番深い経験をしているのは久米よりも寧ろ君じゃないかと思っているとか書いていて、松岡を擁護していて、久米には冷や水を浴びせるようなことをいったり、新聞にこの件に関しての記事が載ったのを見て、いい気がしないし、筆子さんは気の毒だと書いている。)なので、末利子さんたちは「あら、あのご夫婦のお子さんなの・・・」と冷ややかな目で見られることが多かったらしい。まさに現代の週刊誌の噂であれこれいわれるようなものか?久米が筆子さんに振られたネタで『破船』を書いたことは知っていたが、今回『夏目家の福猫』を読んで、本当の被害者は松岡と筆子さんじゃないかと改めて知って、驚いた。

また、結婚後の二人の生活も大変だったらしい。松岡は自分達の生活費くらいは稼ぎたいと新聞社で働こうと思っていたらしいのだが、鏡子夫人がそれを許さなかったらしく、漱石の著作権に関する仕事などが大量にあったから、それに従事するように指令が出されて、定職も持たず、家の中でそういう細々した仕事をさせられていたらしい。小説を書きたくっても書かせてもらえなかった。鏡子夫人曰く「お父様(漱石)は40歳から書いてあそこまでになったのだから、あなたも下手な小説など今書いてはいけません」と釘を刺したとか。松岡譲、どこをとってもお気の毒な人と思わずにおれなかった。文庫本の解説で嵐山光三郎が「久米の誤ったモデル小説によって世間から冷たい目で見られていた無念がこの書で末利子さんによってはらされました。」とあったが、全くだと思った。この事実はもっと大々的に扱われていいと思う。

その松岡が10年の沈黙を破ってこの事件の事実を描いた『憂鬱な愛人』という小説があるらしいが、今は絶版になっていて、手にも入らないらしい(国会図書館においてあるとか?)。末利子さんがその小説を読んでも、久米を悪い人とは思えなかったとあり、松岡の人となりの良さが知れ、それこそぜひ読んでみたいものであると私も思った。岩波あたりで復刻してくれないものかと思ってしまった。

2011年7月 3日 (日)

NHKBS「お前なしでは生きていけない~猫を愛した芸術家~第4回:夏目漱石

さて、先週NHKのBSプレミアムで猫と関わりのある芸術家を取り上げた番組をやっていて、その最後が夏目漱石でした。うちはBSが見れないので、いつも大変お世話になっているT様のご厚意で録画していただきまして、DVDを送っていただきました。T様、本当にいつもありがとうございます<(_ _)>。

鏡子夫人の回想録や漱石の日記・手紙などを基に作られていて、かなりまともな番組になっていたように思います。そんなに変な印象は私は受けませんでした(笑)。夏目家の引越しの際の猫移動係はいつも鈴木三重吉さんだったそうですが、この番組でも三重吉さんが運んでいるという結構細かいところまで設定されていたのがおかしかったです。(でも猫のおしっこをかけられて困ったというのは出てきてませんでしたが(笑))漱石の長女の筆子さんの娘である末利子さんと結婚された作家の半藤一利さんが出て、コメントされていましたが、一利さんではなく末利子さんご自身が出られたほうがよかったのではと思ってしまいました。(ラストクレジットの協力にはお名前があったので、ご出演は遠慮されたんでしょうか?)

実は私はちょうど『吾輩は猫である』を読み終えたところだったのです。なので、タイミングがよい番組だったというか(笑)。『吾輩は猫である』は長編小説とはいいながら、1話完結の話が11章続いている形式なので、最初から長編構想で書かれたものではありません。(高浜虚子に書いてくれと頼まれて(「ホトトギス」の売り上げが違うから(笑))書き続けたものなので。)だから、長編小説があまり得意ではない私には却ってちょうどよかったです。そして、ところどころにものすごくおかしい話があって、もうあまりのおかしさに笑いをこらえるのが大変だった、そう、まさにあの野田秀樹本状態になっていたところもありました!あんな昔に書かれたのに今でも笑えるっていうのはすごいと思います。やっぱりお札になる文豪は違うなと今更思いました。

『先生と僕』のおかげで、今やすっかり漱石関連本モードで、本当に読めば読むほど色々なエピソードがある人物だなあとますます面白く感じてしまうのでした。まさか今になってここまで漱石本を読むことになろうとは夢にも思いませんでした。しかも漱石の小説より人物そのものに興味を持っていて、小説自体はあんまり読む気にならないのもまた不思議です。今日も講演本を読んでいました(笑)。なもんで、『先生と僕』の3巻が早く出てくれないかと首を長くして待っている状態です。恐るべし『先生と僕』!

ちなみにこの番組で、早稲田南町の夏目家があった場所は今は漱石公園となっていて、漱石の銅像と猫のお墓の石塔まであるというのを知り(でも漱石の次男の伸六さんの本ではあのお墓に猫の骨は埋まっていないと書いてありましたが・・・鏡子夫人の話によると雑司ヶ谷の漱石のお墓に移したんだそうで、でもこの塔を建てるとき新宿区に猫の骨はありませんよといったけど、よござんすといわれたとあるので、猫の墓だった場所記念くらいのものなんでしょう。)、これまたお札になる文豪は違うなと思いました。芥川は芥川家があった田端の土地を買取できなかったこともあるんでしょうが、今ではよそ様3軒分の家になっているとのことです。何か残っていたらよかったのにと残念に思います。

そして、修善寺の菊屋旅館の漱石が滞在した部屋がいまだに残っているそうで、それが映ってびっくりしました!この旅館も続いているんですねえ・・・漱石ファンの人達が泊まりに行くんですかね?(笑)。

漱石の本で感じることは出版した単行本の装丁がどれもとても美しいということです。漱石の美的センスを感じます。こんなにきれいな本を出していたんだ~ということを知って、逆に芥川のはセンス悪いかもって思ってしまったほどです。本の装丁は断然漱石の方が好きですねって思いました(笑)。

それにしても漱石の手紙が映し出された時に、こんな文字を読み取れるなんて、昔の人ってすごい!って思わずにはおれませんでした。かなり読みこなせない文字なんですよね。みんな先生を愛していたから(笑)、その愛で読みこなしていたんでしょうか??

2011年7月 1日 (金)

不思議だ・・・

今日は朝から猛烈に機嫌が悪い。薬を飲んだが、一向に作用していないような気がする。

いつものようにメールチェックやらwebチェックやらしていたら、MSNのニューストピックスに「0%で地震。確率で原発を止めるな」という記事が出ていた。内容を読んでみたら、櫻井よしこが書いていた記事だったのだが、今年の1月時点で福島の地震発生確率は0%だったとあったのである。そんなあてにならない余地で87%と出した浜岡原発を止めるのはおかしいという論調なのだが、櫻井よしこってバカなの?って思いたくなった。それが事実なら菅首相を責めるんじゃなくって、地震予知連とか地震予知に関する研究者を責めるべきだろう?そんな当てにならない予知をしてお金をもらってきたことについて恥ずかしく思わないのか?3/9の地震だって、3/11の地震と関連するものといっておけば、もう少しみんなも警戒して、死者も少しは減ったと思う。なのに3/9の地震は来る来るといわれていた宮城県沖地震とは関係ないといいきったがために、みんな気を抜いてしまったのである。

第一、宮城県沖地震は大体30年サイクルで発生するものといわれてきた。だからみんなもうあれから30年超えたんだからいつきてもおかしくないという気持ちを持っていた。それと同じように東海地区の人も東海大地震に対して同じ恐怖感を持っていたんじゃないのか?と思った。東海大地震も来る来るっていわれていて、まだ来ていないから。以前もうかれこれ10年以上経つが、名古屋支社の同僚が東海地震に備えて防災準備が必要だと熱弁をふるっていた。どうやらその当時名古屋ではそういう意識を高める番組をよく放映していたみたいだ。しかし、その当時も東海地震より宮城県沖地震の方が余程来る確率が高かった。名古屋に備える前にまず仙台だろう?って思ったが、名古屋の担当者は聞く耳持たなかったことをいまだに覚えている。地震がめったにこない地域に住んでいる社員は何をいっているんだかと反応だし、当時の上司は話を聞き流して、防災に関してうるさく設備を整えるように働きかけてくる総務部に対して文句さえもいっていた。

そして、やっぱり来た宮城県沖地震。いや、それは想像をはるかに絶する未曾有の災害だった。宮城県沖地震の次に確率が高かった東海地震はたぶんいずれ来ると思う。今回の東日本大震災の状況を見て、福島原発の状況を見て、それでも浜岡原発を動かすって思うその考えがわからない。もはや他人事ではないのである。ああいう事態が来たときに対応できる準備が整っているのかといったら、整っていないから止めたんだろう。菅首相が止めたのを責めるんじゃなくって、ちゃんと事前調査もしないで、そんな危険な場所に原発を建てさせた当時の政府を責めるべきであり、また地震予知に携わっている人の精度の低さを責めるべきだろう。なぜこれが問題にならないのか不思議だ。この間イタリアで2006年だかに起きた地震を予知できなかったからといって地震予知連みたいなところを訴えて裁判になっているというニュースを見たが、全く今回の東日本大震災においては日本も同じことをやってしかるべきだと思う。でも日本人はそんなことはたぶんしないと思うけど、被災者心理としては訴えたい気持ちだろう。

原発があって優遇されるのは原発を設置した町なり村なりだけであって、そういう人たちはこれまで何かと優遇措置を受けて来たのだから文句はいえないだろうが、原発で何かトラブルが起きたら、影響はその回りに拡散するのである。原発にまったくかかわっていない人たちが犠牲になるのである。とにかく今の福島の状況を見ろといいたい。それでもこんなことをぐだぐだいっている連中の気が知れない。政治家はこんな状況下においても政局の事ばかりで、被災地復興の事など後回しである。被災地復興より政局の方が大事といわんばかりである。もう政治のごちゃごちゃはいいから、早く復興支援をてきぱき進めるようにしてもらいたいものだと思う。

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