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2009年3月 3日 (火)

3/1(日)ハンブルク・バレエ「人魚姫」@兵庫県立芸術文化センター

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で、翌日出かけたのが、阪急西宮北口にある兵庫県立芸術文化センター。ここでハンブルク・バレエの「人魚姫」を観てきました。何でハンブルク・バレエを観ようと思ったのかというと、夏にBunkamuraでパリ・オペラ座のエトワール・ガラを観たときにノイマイヤー振付の作品にとても琴線が触れたからです。そのエトワール・ガラにも出演していて、素敵な踊りを見せてくれたシルヴィア・アッツォーニが人魚姫を演じるということでしたし、神戸だし、近いから行く気になったのです。破格の高額23000円のチケット代にもかかわらず(苦笑)。

昔、私が子供の頃、実家には世界名作童話集という本がありました。両親が我々姉妹の情操教育(?)のために買ってくれたものだと思うのですが、私は意外にも(?)お姫様ものよりは忠義物に琴線が触れるおかしな子供でした(笑)。そして子供心に救いの無い話で好きではなかったのが、まさにアンデルセンの「人魚姫」でした。救いの無い話といえば「フランダースの犬」もそうですが、天に召されることが幸せだとでもいうのかというような最期に一体これらの話では何を学ばせ、どんなことを伝えようとしているのかと感じていました。「フランダースの犬」はいまだに謎ですが、今回「人魚姫」はアンデルセンの自伝的話であるということを知り、なぜ王子はあんなにも人魚姫につれないのか、そしてなぜ人魚姫はそんな悲しい恋をあきらめられないのか、ようやく合点がいったのでした。そしてそれだけに今回のバレエは恋する相手に自分の思いが届かないことに苦しむ人魚姫=詩人がより痛ましく、感じられました。

人魚姫役のシルヴィア・アッツォーニの表現力はものすごく心を揺さぶりました。恋敵である王女役のダンサーと比べると大変小柄なのがわかったのですが、存在感は抜きん出ていました。そして場面場面の表情がもうせつなくなるほどで、目が釘付けでした。

海の世界で人魚として生きていた頃の颯爽とした姫君然とした動き、海で溺れた王子を助けて、王子に恋をした後の初々しい乙女心を思わせる動き。日本の歌舞伎の黒子のような人たちがいて、青い海の世界を自由に泳ぎ動く人魚姫を見せてくれます。くねくねとした動きがまさに魚という感じで、とても幻想的な世界を作り出していました。日本人は黒子の役割を理解しているから、尚更効果的だったのかもしれません。

王子に会いたくて、どうしても人間になりたくて、海の魔法使いに懇願して、尾ひれと引き換えに足を手に入れる人魚姫。人魚から人間に変わるシーンは青い魚姿の衣装が引き裂かれ、人間の身体になる。青い衣装が引き裂かれて、全身肌色の体が出現したときの人魚姫の心身がこうむった衝撃の大きさは計り知れないことを観客全員が感じた瞬間だったように思えた。そんな代償に手に入れた足は力が入らず、歩くこともままらない。また歩けば激痛が走る。かつて海の中を優美に動いていた人魚姫の姿はそこにはない。弱々しく痛々しい姿があるのみ。王子の目にもあわれな少女としてしか映っていない。彼女がどんなに情熱的に王子を見つめても、彼には全く伝わらない。彼女が欲しいのは王子からの愛情だが、彼は痛々しい彼女を憐れむ気持ちから来るやさしさしかみせない。足が不自由な彼女に彼が与えたものは車椅子である。彼女が自分を愛しているなどとは考えも及ばないというふうに。彼の目は王女のみに注がれる。

耐えがたい思いをしてまでも人間の姿を手に入れたというのに、人間の姿になっても彼の愛は得られないどころか自分の居場所がなく、追い詰められていく。その様子が狭い空間の中に閉じ込められた中で、しかも修道院の服を着た状態で表現されるので、人魚姫の精神状態が極限状態にまできているのを観客は感じ取ることが出来る。まるで精神病院の閉鎖病棟に閉じ込められた病人のように・・・・そして彼女は海の世界の幻覚を見始める。その中で海の魔法使いが王子を殺せば、人魚に戻してやるという。しかし彼女には王子を手にかけることなど出来ない。

王子と王女の結婚式で、人魚姫はブライドメイドを務めることになる。王子ばかりを目で追って、体が勝手に王子の近くに動いていくような状態になる中、王子から帽子を手渡される。それをいとおしそうに大切に抱きしめる人魚姫。1幕の最初の方で、王子が脱いだ服を受け取った詩人がやはりいとおしそうに大切にその服を抱きしめたシーンと重なる。自分が手で触れることができるのは彼の肉体ではありえない、それを許されていないことを見せる。最後に王子と人魚姫が戯れる場面でも王子は人魚姫に口づけはくれなかったのである。額にキスのみである。例え姿を変えても恋愛対象になりえない。しかし、王子への思いを断ち切ることもできない。結局王子も殺せず、失意と絶望の中で人魚姫も息絶える。

最後に人魚姫の分身でもある詩人が人魚姫の元にやってきて、彼女の魂に息を吹き込む。彼らの届かぬ思いはずっと平行線をたどりながらも、永遠に語り継がれていくだろうと感じさせるように満天の星空の下に二人が消えていった。

本当にせつなくてせつなくて胸が苦しくなる舞台でした。観終わった後言葉にならなかった。ただただ人魚姫を熱演したシルヴィア・アッツォーニに思い切り拍手を贈りました!彼女は本当に素晴らしい~と思いました。そしてノイマイヤー作品をこれからももっと観たいぞ~と思いました。芸術に触れるって本当によいことですね。

という訳で当然のことながら、カテコはスタンディング・オベーションだったのですが、私の隣の席の人が立った時に後ろから「前の人、立つのやめさないよ。見えないのよ!」と文句の声が挙がって来ました。それが聞こえてきたので、私も最初は遠慮していましたが、やっぱり惜しみない拍手を贈りたかったので、最後は立ちましたとも~!(だって最前列だったし。)つーか、見えないのなら、おば様たちも立ちなさいよ!「スタンディング・オベーション」という言葉を知らんのか?といいたくなりました。いや、今回の場合スタオベ当然の熱演ですから、立って拍手を贈ってあげるのが筋ですよ。確かに私も面白くない内容の時は前方席の人が立ち上がって、見えなくなるとぶーぶー文句をいう方ですが(苦笑)、でも結局見えないから、仕方なく立っちゃうんですよね。あの素晴らしい演技をみて、会場中がブラヴォーと叫んでわいているのに立たないで、しかも文句をいっている観客もどーかと思えました。(だったら、帰れば?くらいに思えてしまいましたよ。)落差が激しい観客層って気がしました。

終演後は西宮北口の阪急に寄って帰るつもりでしたが、歩くのに疲れてしまい、結局立ち寄らず、とっとと帰ってきてしまいました。

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